CATEGORIES
CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
  • アジアクリックさんの記事『カンボジアで日本食ブーム!人気日本食レストランに共通する特徴とは?』
    makoto (01/27)
  • インタビュー連載vol.4 龍山秀一さんへのインタビュー総集編
    山崎 (09/07)
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
PROFILE
OTHERS

 

ノマドライフクリエーター達の自由で活動的な日々を紹介しています。
安藤裕也さんのブログ"Nomad Life In Australia"より【オーストラリアの人口増加と不動産事情】
  久しぶりの更新となってしまいました(;^_^A
前回の更新は4月下旬。まだまだ残暑が続くシドニーでしたが、今はすっかり冬となりました。
シドニーの冬は、朝晩の気温は10度前後、日中も20度くらいしか上がらず、夏場は20時まで明るかったのに17時には暗くなり、雨も多くなります。
アウトドアを楽しむにはちょっと残念な冬ですが、光と音の祭典「ビビット・シドニー」や、シドニーフィルムフェスティバルなどアート関連のイヴェントが多く行われたり、フード&ワイン関連やランニングやスポーツ関連のイヴェントが多いのも冬の特徴です。冬には冬の楽しみ方がありますね。また夜が長いこの時期、自宅でゆっくり読書や勉強などに勤しむのもいいですね。

さて今回は、知人が参加したシドニーの不動産事情に関するセミナーでの情報をシェアしたいと思います。

講師の方は、オーストラリア移住歴約40年の大先輩。移住当時の1970年代初め、オーストラリアの人口は1200万人(うちシドニーは約300万人と、4割を占める)だったそうですが、この40年で人口は倍増。今の人口は2400万人になりました。(シドニーは480万人。)そしてこの人口増加の流れはまだまだ続くと予想されています。
オーストラリアの人口は、毎年約41万人増加しており、その増加率も10年前と比べて1.6倍と加速傾向。日本の人口が毎年93万人減少しているのとは対照的な動きですね。

この人口増加は、先進国の中ではトップクラスの出生率(女性一人あたり1.9人)の他に移民受入によるものです。特に医療関係の移民が顕著で、毎年5000人の医師と看護師が移民としてオーストラリアにやってきています。(実際、この国では看護師は不足気味なので、永住ビザ取得のハードルも相対的に低いです。)

そして意外なのは日本人の海外居住先として、トップのアメリカ(41万人)と2位の中国(15万人)に続く3番目(8万人)ということ。1位、2位との差が大きいですが、やはり住みやすい国という事なんでしょうね。

私の住むシドニーの人口は480万人ですが、これが15年後の2030年頃には560万人にまで膨れ上がっているようで、その為に必要な住宅戸数は約55万戸だそう。
現在のところ住宅供給数は年間約3万戸に対して、人口が約6万人のペースで増加しているので、全く供給が追いついていないですね。
またインフラの整備が遅れている郊外に新たな住宅街を作るのは2割程度に留めて、8割は既存の街の再開発で戸数を増やしていくというのが州政府の方針。なので高層のアパートメントがどんどん増えて中心部の人口密度が上がって行くんでしょうね。私の場合、どうせオーストラリアに暮らすなら、多少不便でもノンビリと暮らせる郊外が良いなと思いますが。

そんな人口増加の勢いに伴い、オーストラリアでは不動産バブルがもう何十年と続いています。
ただでさえ人口が増加しているのに、中国人を始めとした海外投資家がオフザプランと呼ばれる完成前の住宅を買い漁っており、1億、2億のマンションの一室が販売開始と同時にあっという間に完売状態です。
それにより値段がまた釣り上がっていくといき、庶民はもはや手が出ないレベルです。
中古住宅にしても同様で、一見ボロ家の築50年の戸建てが1億近くで取引されています。当時新築で買った価格の4〜5倍にまで膨れ上がっています。もはや異常と言わざるを得ない状況です。

一体いつまでこのバブルが続くのかは誰にも分かりませんが、日本と異なり輸出資源に恵まれ、地理的にも緊迫した外交関係が無く、大地震など国家レベルの災害リスクが無いオーストラリアはある意味でラッキーな国かもしれません。

2000年以降の資源ブームも陰りが見えたと言われて数年経ちますが、実際シドニーの街を歩いてもそんな不景気の気配は感じられません。
今後の行く末は資源の最大輸出先である中国をはじめ、アジア経済の成長が握っていると言えそうですね。
| CEO桐山のお勧めの記事 | 22:00 | comments(0) | - | - |
アーバンスターキャピタルグループ日本(東京)事務所代表・藤本直孝さんの記事



こんにちは!
カナダのアーバンスターキャピタルグループの日本(東京)事務所代表の藤本です。

私は、2005年より、カナダの不動産投資ビジネスに関わるようになり、2012年からは、
豊富な天然資源を有するアルバータ州の中心都市として経済発展を続けるカルガリー近郊
の開発用不動産を販売しています。

今回は、そのアルバータ州の経済や不動産市場について、7月9日付の新聞記事から2つ取り上げて、その要旨を下記に示します。

 アルバータ州には、売上10億ドル(約1000億円)を超える企業の割合がカナダで最も多い地域である。州内では、売上がトップクラスの企業数が今も急増している
アルバータ州の人口は、カナダ全体の11%ほどにすぎないなのだが、カナダ国内の売上が10億ドルを超える企業の31%を占めている。
また、カナダ国内の169ある上場している売上10億ドルを超える企業のうち、52社はアルバータ州を本社としており、人口比で比較するとオンタリオ州の3.2倍にもなっている。
(中略)
売上10億ドルを超える上場企業169社を対象とした調査では、エネルギー・天然資源関連の10億ドルを超える41社が、アルバータ州に本社を置いており、これは、これらの業界ではカナダ全体の82%を占めている。
2003年から2012年の間に、石油・天然ガス関連の上場企業25社が10億ドルを超える売上を新たに達成しているが、このうち22社はアルバータ州を本拠地としている。
機械や流通などの業界でも、小売や卸業などと同様に売上10億ドルを達成する企業が増えている。
詳細は、こちらの記事原文にてご確認ください。

 集合住宅の着工件数が伸び、カルガリー地域での住宅着工件数を押し上げる
カナダ・モーゲージ・ハウジング会社(CMHC)の発表によると、6月のカルガリー地域における住宅着工件数が、集合住宅セクターでの目覚ましい伸びにより、急騰した。
カルガリー都市圏での着工件数は、昨年同月の912件から、2407件へと、上昇率では163.9%も上昇した。
集合住宅セクターは、2013年6月には352件だったのが、1780件へと397.2%もの伸びを記録した。
一戸建て住宅は、昨年の554件から627件へと13.2%も伸びた。
「6月の住宅着工件数における際立った増加は、主に急増した集合住宅建設によるものである」とCMHCのシニアアナリストであるリチャード・チョー氏は述べている。「完成済みの物件の在庫が少なく、需要が伸びていることから、今年中は、集合住宅の建設は増加を続けるであろう」と。
「人口流入のペースが上がっていること、住宅ローン金利の低下、雇用情勢が良いことから、需要が支えられている一方で、新築、中古住宅とも供給が少ない状態が続いているため、新規の住宅建設が伸びている。一戸建てに比べて比較的安い集合住宅に部分的に需要がシフトしている」
今年これまでのところ(6月末まで)、カルガリー地域の全体の住宅着工件数は、9294件と昨年同期比67.1%の上昇となっている。このうち一戸建て着工件数は、3323件昨年同期比7.7%の上昇、集合住宅の着工件数は、5971件141.0%の上昇となっている。
(中略)
「アルバータ州の着工件数は、リーマンショック前の住宅ブームである2006/07年に匹敵するようなすごい勢いがあり、年換算では53,700件に届くだろう」とBMOキャピタルマーケッツのシニアエコノミストであるロバート・カビッチ氏は述べた。
詳細は、こちらの記事原文にてご確認ください。


| CEO桐山のお勧めの記事 | 22:04 | comments(0) | - | - |
徐 学林さんの記事【人民元の海外送金が緩和 海外投資として注目集まる「人民元預金」】及び【人民元口座の開設方法 ネットバンキングとデビットカードが便利】
 

人民元投資は――キャピタルゲインもインカムゲインも


 海外投資も随分と身近なものになった。中国(香港)、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア・・・その時気になるのは通貨の切上げまたは切下げだ。

 「中国で稼いだ人民元がありますが、海外送金はできますか」と良く質問を受けるようになった。株式投資の場合、証券会社経由日本円に戻して口座に振り込んでもらうのだが、現地で商売し、または不動産の賃料収入(キャピタルゲイン)で貯めたお金(人民元)をどうやって日本(円)に戻すか、悩む方が多いようだ。

中国人民銀行

中国人民銀行本店(BAIDUより)


 中国人民銀行(中央銀行)は2005年7月21日、それまで事実上固定していた1米法8.28元という為替を通貨バスケット制に基づいた管理変動相場に変え、人民元の切上げに踏み切った。以来8年経ったが、先週木曜日(14日)の人民元対米砲涼臙輿蠑譴6.1315で、切上げ以来の高値を更新し、8年間で通算34%人民元相場が高くなったのだ。

 円対米冒蠑譴鬘永騰法360円から250円→120円→80円とつぶさに見てきた我が師である、邱永漢先生は1米4元の時代は来ると香港紙の取材に対して語ったのは2007年、2008年ごろだった。

 目利きの投資家はその時から手持ちの円を元に換えて預金していた方もいらした。預金の理由は為替差益だけではなく、人民元の定期預金の利息も3〜5%あってキャピタルゲインもインカムも同時に手に入れるからだった。

中国・人民元



中国の通貨・人民元――海外送金は?


 先週、日本人投資家が15年ほど前に投資した不動産売却のための契約に立ち会うため、上海を訪れた。

 売却代金送金のため、銀行窓口も訪ね、詳細を確認した。不動産売却の場合の利益に対して所得税などを支払った後、銀行の窓口で納税証明書や売買契約書などを添付の上申請したら、そのまま(納税後の)全額を指定の海外口座に送金は可能ということは分かった。

 しかし、不動産以外の収益はどうかという問題だが、かつて厳しい為替管理のあった中国だが、それもかなり緩和してきた。具体的には、外国籍の場合、パスポート提示で年間5万米冒蠹分(大凡500万円)の外貨を無条件で海外に送金可能というものだ。そして外国人、中国人を問わず、年間5万米砲鮠絽造法一日500米冒蠹分の現金を両替することができることもわかった。

 中国の三中全会は先週閉幕し、改革開放の深化に関する具体的な「決定」も発表された。「中国(上海)自由貿易区」に代表されるが如く、金利の自由化や人民元の自由兌換を含む金融改革も目玉の一つとなっている。人民元の海外送金が緩和された今、為替差益や3〜5%の金利(1年ものは3.25%、3年ものは4.25%)が確実に手に入る人民元預金が海外投資の選択肢の一つであるかもしれない。(執筆者:徐 学林)





つづけてもう1記事ご紹介します。


上記のコラムで、「人民元投資」と中国からの海外送金について、元高と日本の10倍以上の高い預金金利というキャピタルゲインとインカムゲインを同時に受け取れるという二重の投資益について触れました。


人民元口座の開設方法 ネットバンキングとデビットカードが便利


人民元と投資のチャンス


 人民元はその後も対米ドルレートで上昇し、年末の12月31日付けでついに1米ドル対6.1人民元の大台を突破して6.0969となり、2005年7月21日人民元切上げ以来の最高値を更新し、切上げ時の為替は8.2765だった人民元は8年5か月で35.7%上昇したことになります。

 人民元切上げ(元高)の原因について対主要国の貿易黒字が一番の原因だとされますが、この傾向は今後暫く続くものと考えられます。当社「京華投資視察団」は有望な上場企業に投資するため、これら企業を実地で訪問していますが、輸出関連企業は元高に苦しみ、苦戦している様子を目のあたりにしています。

 もともと輸出関連製造業の利益率は5%前後ですが、通貨が35%も切上げられては、いくらコスト削減など企業努力してもこれには追いつかないことは火を見るより明らかなことです。

 では、そこに投資のチャンスはないかと言うとそうではありません。株式投資ではその反対―――業績好調な輸入の企業に投資すればいいし、通貨そのものに投資するのも方法の一つです。FXで投資される方もいらっしゃるのでしょうが、本稿では実際に現地で預貯金する方法についてご紹介します。


人民元口座の開設方法


 では、日本の投資家が現地で銀行口座は作れるのでしょうか。答えは「Yes」です。

 日本では、短期間の来日観光客にどこの銀行も口座を作ってくれません。住民票がなく、本人特定ができないことが表立った理由のようですが、脱税だったり、マネーロンダリングの嫌疑があった時にわざわざ海外に行って本人を掴めて照合するには割に合わないのが本音ではないでしょうか。

 中国現地で口座を開設するのには、パスポートの提示のみでできます。窓口で新規口座の申し込みという意思表示をして用紙をもらって関連事項を記入すれば完了という流れになります。連絡先の住所欄は一番戸惑う項目ですが、宿泊のホテルの名前だけでも通ります。

 重要なのは6ケタのPWを設定することとインタネットバンキングを申込むことです。これさえ押さえれば日本にいながらも口座を操作することができます。

 中国では、いま春節(旧正月)の最中で、観光客がこぞって日本に来て、ショッピングを楽しんでいる風景が連日報道されています。百万円以上の時計を買う場面も見られますが、キャッシュを使っている様子はあまりみかけません。Union Pay(銀聯)というデビットカードを使っています。これも合わせて銀行の窓口で申し込みますと、日本の主要な百貨店や飲食店などUnion Pay(銀聯)の標識のあるお店でクレジットカード同様に使えます。

 海外投資に慣れている方は人民元投資も選択肢の一つでしょう。(執筆者:徐 学林)
| CEO桐山のお勧めの記事 | 02:43 | comments(0) | - | - |
CEO桐山のコラム【海外に目を向け、「世界標準のマネー感覚」を身につけよう】
 我が国(日本)は、かつての勢いを失い、今では「世界第2位の経済大国」ではなくなった。2010年(4年前)に、衰退する日本が、名目国内総生産(GDP)において、お隣の大国である中国に追い抜かれたことは周知の事実である。


 2010年度の日本のGDPは、ドル換算で5兆4742億ドルとなり、中国の5兆8786億ドルを下回ったのである。(2011年2月14日の内閣府発表)かくして、日本は1968年から長きに渡り占めてきた「世界第2位の経済大国」の座を中国に明け渡した。


日本の抱える問題


 経済が衰退してゆく事由には様々な原因があるが、何よりも大きな主原因として挙げるならば、日本の歪な人口構成である。2007年に日本人の平均年齢は50歳を突破した。50歳という年齢は国連の統計(2011年度)によるところのナイジェリアやソマリアの平均寿命である。日本では江戸時代の人々の平均寿命である。

 もちろん長寿国として世界一であることは誇らしいことであり、元気なお年寄りが多いことも素晴らしいことである。これから高齢社会の在り方の見本として、他国にお手本を示す役割も、外国からは大いに期待されていることであろう。

 問題は少子化の方である。子供の出生率がどんどん下がっていく。若い人口が急激に減っていく。国を繁栄させるエネルギー(若い人たちの欲望や情熱)が年々、薄れていく。国民の平均年齢が50歳を超えた国で、変革や革新の声が意気揚々に上がり、国民の改革に対する意欲が持続できるのだろうか。このままの状態で推移していくと、10年〜12年後には、日本国民の平均年齢は60歳を上回っているかも知れない。還暦の人間ばかりが集まって、抜本的な改革もないだろう。

 しかし、仮にそう成ったとしても悲観することはない。今からでも遅くはない。日本の外に目を向けて、世界で勝負すればよい。

 国内(日本)だけを見ていると、これから先はどう見積もっても2〜3%の経済成長が関の山で、東京オリンピックが開催される2020年前後に瞬間的にそれ以上の伸びが期待できたとしても4〜5%である。広く世界を見渡せば、持続的に年間7〜10%伸びている国が数多く在るということを忘れてはならない


世界の中でも低い「日本人のマネー力(資産運用能力)」


 日本人のマネー力(資産運用能力)は、世界各国の中でも極めて低いと言われている。欧米諸国では多くの人たち(個人)が、年間6〜10%の運用益をあげるのは当たり前。少なくともリーマンショック以前は、定期預金だけを取り上げても、年間の利回りが6〜8%という国が世界にはいくらでもあった。

 さらに言えば、日本は1998年に外国為替および外国貿易法が改正されて、世界の何処でも運用が出来る自由が認められた。それなのに日本の殆どの人たちは、金利が0.1%にも満たない国内の銀行に何の文句も言わずに大切な資産を預けっぱなしにしている現状である。それでいて、様々なマネー誌を読んで情報収集をしたり、ファイナンシャル・プランナーの指導を受けたりして、何処の銀行の預金金利が0.01%高いとか低いとか、年間で数万円得する節約術を駆使したりして、日々涙ぐましい努力を重ねている。

 日本人の殆どは、僅かなリスクも取りたくないという消極的な閉塞感と、もう一つには「通貨といえば円」と思い込んでしまっている現状がある。円こそが絶対の存在であるということと、それを裏で支えている機関は何があっても自分たちを裏切る筈がないという想い。銀行や政府に対する手放しの信頼。国民が無条件に自国の金融機関や政府のことを全面的に信頼している国は、良い悪いは別として、非常に珍しいことである。

 自分の資産は自分自身が護る。そして増やす。そのために世界の金融情勢に敏感になり、その時その時で、最も有利で効率の良い通貨を選び運用するということが世界の常識である。そう考えると、日本人は資産運用に関しては、かなり常識を外しているのかも知れない。


日本人が資産運用できない2つの理由


 では、日本人の多くの人たちは何故、資産運用が出来ないのか? 

 理由は2つある。日本はバブル崩壊後、長い期間に渡り、経済が停滞した。今もその延長線上にある。日本人が資産運用に積極的になれない理由の一つは、かつての失敗体験だ。1980年代までは、いったん手に入れた資産は放っておいても価値は上がった。当時に東京都内で持ち家のある人の殆どは資産が一億円を超えていた。

 バブルのピーク時に買われた土地付き住宅の価格が、5千万〜7千万円の価格であれば、すぐに一億円に成っていた。年棒500万〜700万円のサラリーマンの資産としては、非常に多く、フローの所得者というよりも、ストックの運用者と見た方が現実的であった。

 金利も1980年代後半までは8%もあった。日本の金利は戦後、平均で5%以上を保っており、12年〜13年も経てば、その資産の価値は2倍に成った。まさに乗っている船の水面が自然に高く成っていくという環境に日本人は長い間おかれていた。今の20歳台の若い人たちにとっては信用し難いお伽話であろう。

 それがバブル崩壊と、その後の失われた十数年によって大きく変化した。周りを見渡せば、事業に失敗して夜逃げをした人、倒産や自己破産した人で溢れている。1990年代初頭に住宅を購入した人も、今と成っては、ほとんどその資産価値を失った。特に現在50歳前後の多くの人は、30歳台半ばで、住宅購入のため、5000万円ものお金を借りて、35年ローンでお金を返済していくという計画を立てている人ばかりなので、今の時価ベースで棚卸しをしてみると債務超過状態であることが多い。最も働き盛りの人たちが、最も暗い状況なのである。

 多くの日本人が「もう二度と失いたくない。絶対に安全でないとダメだ。」と思うように成ってしまった。資産運用も仕事も恋愛も、人生に於いて「絶対」などあり得ないことであるが、多くの日本人も日本企業も、積極的になれないのは当然かも知れない。そこから、金利がタダに成っても借金を恐れてしまう、企業も減価償却の範囲でしか投資をしない、というような消極的な閉塞状況が生まれてしまった訳である。

 もう一つの理由は、超低金利に対する慣れである。ゼロ金利を当たり前と認識するようになった日本人の多くは、僅かな数パーセントの運用率でさえ「インチキ商品」と思うネガティヴな防衛本能が身に付いた。世界標準で考えれば、6%〜7%で回る運用商品はいくらでも有る。ところが、ここ10年間以上のゼロ金利によって、それらの運用率の高い商品を信用できなくなってしまったのである。

 多分、どこの国の人でもゼロ金利が10年以上も続けば、国内を見限ることを考えるであろう。しかし、1998年に外為法が改正され、世界の何処でも運用が出来る状況に成ったにも係らず、日本人の多くは全く外へ出ようとはしない。これもバブル崩壊の後遺症であろうか、為替で損をしたくない(失いたくない)という消極性なのか、日本人の特性である。


海外に目を向け、「世界標準のマネー感覚」を身につけよう


 少なくとも、現状のリスクを避けることばかり考えていては前に進めないのは必然である。日本人は資産運用について前向きに学ぶべきであり、世界観を養うべきであり、海外に目を向けるべきである。

 日本のような治安の良い先進国に暮らしていると、危機感を抱かないので、お金に対する意識が曖昧に成っていくようだが、海外に住む私の友人たちは、常に国際情勢や通貨の値動きに敏感で、アメリカドルよりもカナダドルの方が得だという状況に成ると、何の躊躇もなく3〜4日で金融資産をカナダドルに移してしまう。彼らのこの嗅覚や意志決定の早さ、そして実行力には頭の下がる想いである。

 世界中どこに生まれようがどこに住もうが暮らそうが、どのような人にも、どちらに行ったら豊かな草原があって、今以上に水や食料に困らないかとういうことは解らない。肝心なことは、生き残るために、より豊かな生活をおくるために、自分らしく悔いのない人生を全うするために、自分自身の技術や能力に磨きをかけて、進むべき方向を定めて、自分の手で道を切り拓くことの出来る自立した人間に成るよりほかないのである。

 そういう生き方が出来る人間に成るためにも、積極的に海外に出て行くことこそが、今後の将来においても資産運用においても大切なことである。投資先および運用先は世界、自国通貨は数多い通貨の中の一つ。これが世界標準のマネー感覚である。我々、日本人は資産形成や資産運用の勉強をする前に、この感覚をしっかりと肝に銘じなければならない。

 お金を稼ぐのも、資産を運用するのも、護ることも、増やすことも、最後に頼りになるのは他ならぬ自分の力である。国が他人がどうにかしてくれるなどという甘い期待は捨て去ることだ。(執筆者:桐山 一人)
| CEO桐山のコラム | 22:29 | comments(0) | - | - |
カングロコーポレーション代表・藤井利幸さんのナイジェリア出張日記
今日はカングロコーポレーション代表・藤井利幸さんの
ナイジェリア出張日記を御届けします。

カングロコーポレーションHPはこちら 

藤井利幸さんインタビュー記事はこちら 



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



お世話になります。カングロコーポレーションの藤井です。 

昨日まで、米国に11日間、そしてナイジェリア、ケニア、タイに17日間出張しておりました。

 今朝、東京でいつものポジションで朝陽を浴び、メディテーションをし、
鳥の声を聞 き、そよ風を感じていると、ふと幻想の中に生きているような感覚になります。
 時差ぼけのせいなのか、五感が開きっ放しだったせいなのか、少し放心状態です (笑)
 今回は、「ナイジェリアでの13日間」を日記にて報告させて頂きます。 
(未編集のままです。少し長くなりますがご容赦下さい)


【1日目】 
ナイジェリア ラゴス初日の朝7時です。
おはようざいます。気温25℃、湿度85%。
いつもの 鶏と鳩、そしてイスラームのお祈りの声で目が覚めました。
とても気分が良く快調です^^
昨日は、今回のプロジェクトのベースとなるホテルを無事に確保でき、
直ぐに相方の別荘、ショッピングモールへの買い出しに行きました。
日曜日の午後ということもあって、 南アフリカ系の「SHOPRITE」は大混雑。
昨年10月に来た時よりも勢いを感じています。
特に 外国 人(中国、インド、レバノン、韓国、欧米人)の姿が増えたような気がしています。 今回の 最大のミッションである、ナイジェリアでのある事業も昨日からスタートさせました。
無事に最も必要な調達物も、現地の人たちの協力によって手に入り、
計画通りに物事が進んでいることも気分が良いことの一つなのだと思います。
今日は、JETROラゴス事務所、車 の調達、キャッサバ農家の調査に出向きます。
生きている奇跡に心から感謝します。 


【2日目】 
ナイジェリア ラゴス2日目の朝です。
外は相当すごい雷とゲリラ豪雨。
ホテルの屋根 をこれ まで聞いたことのない音でたたき付けていて、
その迫力に驚いています。このような雨に遭ったのは、これで2回目。
ナイジェリアに地球のエネルギーが集中していると感じる所以です。
昨日は、雇った車とドライバーに出掛けから洗礼を受け、
猛暑と渋滞の中、車が エンスト。30分くらい立ち往生し、
渋滞に渋滞を呼び、牽引車が到着するもうまくいかず、 
別の車に乗り換えることにしました。
ところが、JETROラゴス事務所のアポがうまくかみ合わず第二の洗礼。
でも午後は快適な昼食とカフェでのミーティングが充実し、
中古車市場の視察もうまくいきました。夕暮れ時は、少し冒険して、
恐らく日本人がかつて歩いたことがないだろう地区を歩きました。
丁度、ワールドカップの仏対ナイジェリア戦があって、
街中でテレビに噛り付く民衆の姿を見ることができました。
結果は惨敗だったので、その後の街 は残念な空気が漂っていました。
ということで、通信の状況が思わしくなく、画像が添付できないので、
長めの報告にしました。生きている奇跡に心から感謝します。 


【3日目】 
ナイジェリア ラゴス3日目の朝。
昨日はほぼ1日中降り続いたゲリラ豪雨の影響で、
尋常でない渋滞に巻き込まれ、エアコンの効かないタクシーの中で喉を傷め、
2日間で既に立て続けに受けたラゴスの洗礼を、
最後は甘苦いナイジェリア産のギネスビールを
すこぶる美味いターキーと赤い夕陽と共に味わいながら
最高のひと時を過ごし終わりました。
そうしているうちに、日本は集団的自衛権の行使容認、
法整備着手への閣議決定がされたそうですね。
誰かが勝手に描いたシナリオ通りに見せかけの
日本流の合議を使っているように見せかけながら、
着々と、明らかに人々が望まない方向に突き進んでしまっています。
もう誰かが作った幻想の中で生きるのをやめよう。立ち上がろう。
ラゴスの人たちも日本の行く末を案 じてい ます。
今、生きている奇跡に心から感謝します。 


【4日目】 
ナイジェリア ラゴス4日目の朝です。
一昨日から、ラゴスで今までに無い体験をしています。
いつもは、リスクを避けるように車を使ってほとんどの移動をしていましたが、
今は、イケジャの街を歩くようにしています。
それは、ベトナムやタイの渋滞の中を歩くよりも 凄まじ く、
エネルギッシュです。現地の人々の鼓動や思いのようなものを直接感じることができます。
歩いていると良く声もかけられます。
ほとんどが「ニーハオ」で、僕たちは中国人に見 えるようです。
といっても日本人がこの国にいることすら知らない人が多いので、
「日本人だ」というと不思議がられてしまいます。
「日本人がこの国になにしに来たんだ?」 と。
もはや、現地でソニーやパナソニック、シャープが日本企業のものだと思っている
ナイジェリア人は少なくなっているようです。
ただ、僕たちは、日本人であることをPRしたり日本製品を押し付けるのではなく、
何がどうなればこの国の人たちが幸せになるのかを考えていきたいと常に思っています。
だって、「ナイジェリアが変わればアフリカが変わり、アフリカが 変われば世界が変わる」
と信じているからです。生きている奇跡に心から感謝しています。 


【5日目】 
ナイジェリアラゴス5日目の朝です。
この出張の最大の目的である、あるプロジェクトの一大実験が、
今朝、わずかなミスで危機的な状態に陥っています。
ベトナムでの準備やトレーニングを含めると半年以上も仕込んできたことだけに、
ショックが大きいです。
ただ、昨日、在ナイジェリアのある国際農業系企業のCEOとホテルで会うことが叶い、
このプロジェクトに大変な興味を持って下さいました。
残り1週間、このコネクションとクアラ州政府への提言に全精力を掛けます。
生きている奇跡に心から感謝します。 


【6日目】 
ナイジェリア ラゴス6日目の朝です。
今、ここで何を選択し実行するかを問いかけられています。
日本とほぼ変わらない環境で仕事や生活ができ、
五感が開かない状態でいると、ふといつの間にか幻想の中で思考している自分に気づきます。
今朝は、「何のためにここ にいる のか」
「ここで何がしたいのか」を問いかけるきっかけを作ることができました。
タフな状態はここでは当たり前。今できることをやる。
残り1週間に掛けます。生きている奇跡に心から感謝します。 


【7日目】
 ナイジェリア ラゴス7日目の朝です。
ナイジェリアは現在雨季で、毎日、どこかでゴロゴロとやっていたり、
突然のゲリラ豪雨に良く出会います。時折、河川が洪水になることも。
ここは、人々のエネルギーの凝縮が街の気を創り出し、
ラゴス独特の雰囲気になってい ます。 
やっぱりアフリカのボルテックスがこの地にあるような気がしてなりません。
昨日は土曜でしたが、街は活気にあふれ、
平日のように仕事をしている人々でごった返していました。
今回のプロジェクトチームは、土日は観光日にすることになっていましたが、
急きょブレストの必要性が出て、オフィスにて終日過ごしました。
今、できることをすべてやる。 
Step by step。未来は明るいに決まっていると思えるから、
今に集中できます。生きている 奇跡に心 から感謝します。 

【8日目】 
ナイジェリア ラゴス8日目の朝です。外は雨。
大地に多くの潤いが撒かれ、
ニジェールの大 河やギニア湾に注がれていきます。
今日はお恥ずかしながら46歳の誕生日だとのことで、
既にたくさんの方からお祝いのメッセージを頂いていて、びっくりです(嬉)
この場を 借りて、 御礼申し上げます。昨年はラスベガスで誕生日を迎え、
現地でサプライズを頂いたことを思 い出しました。
なぜかこの時期は、ほとんどが海外で過ごしているような気がします。
そのような機会を頂けることは本当に有難いことです。
でもまだ何も、誰にも恩返しができていない、正直、そんな焦りも感じています。
自分は目標指向型の人間ではないようで、その場その時に与えられた
使命を全うすることに全力を挙げてきた45年間でした。
自分に正 直に、直感を信じて、謙虚に、目の前の山を登り続けてきました。
とても素晴らしい経験を させて 頂いていて、
これも両親や家族、周囲の方々に助けられてのものだと心から感じてい ます。
 だから、早く恩返しがしたい。今はそのことで頭が一杯です。
この1年間も一生懸命 に生き て行きます。生きている奇跡に心から感謝しながら。 


【9日目】 
ナイジェリア ラゴス9日目の朝です。
昨日はたくさんの方に誕生日のお祝いのメッ セージを頂き、感激しております。
本当にありがとうございました。そして、現地でも、
何とサプライズがあり、パートナーの皆さんから歌とカード、
ドリンク、そしてケーキを贈って 頂きま した。まさかこんなことが!
というくらいびっくりして、グッときたぜよ(嬉泣!) 
日本の家族からもメッセージをもらいました。
こんなに幸せなことはありません。生きていて本当 に良かったw 
今日は、朝一番から車を出し、往復約250kmドライブです。
イバダンのIITA という農業研究所を目指します。そして次は、
アベオクタの農業大学。ラゴスをどのくらい の時間で抜け出せるかが勝負!?
日帰りの弾丸出張です。生きている奇跡に心から感謝します。 


【10日目】 
ナイジェリア ラゴス10日目の朝です。
昨日は、ラゴス州を出てオヨ州の首都イバダンという街に車で片道130kmの
道のりを約3時か掛けて行ってきました。
イバダン(Ibadan) は、ナイジェリアの南西部に位置していて、人口約300万人。
ラゴス州、カノ州の次に大き な都市。 
19世紀にはオヨ王国より独立したイバダン王国の首都として発展そうです。
ヨルバ人 (Yoruba) がマジョリティ。
イバダン大学、イバダン空港もあって、
今回は、国際熱帯農業研究 所(IITA) の本部に行ってきました。
そこは母校の筑波大学を彷彿とさせる広大な敷地にたくさんの研究施設と
研究者たちがごった返していました。
空気も美味しくて、とても居心地の良いところで した。
今回は、ここで活躍するあるNGOのトップに面会してきました。
我々のプロ ジェクトに 非常に高い関心を示してくれて、
今後も継続的に関係を保っていこうということいなりました。
 初めての車での長距離出張でしたが、とても充実した1日となりました。
生きている奇跡に心から感謝します。 


【11日目】 
ナイジェリア 11日目の朝5時。
これからクアラ州に勝負の会議に行ってきます。
生き ている 奇跡に感謝します。 


【12日目】 
ナイジェリア12日目の朝。
良い天気です^^昨日は勝負の会議に、
国内線を使ってク アラ州ま で日帰り出張をしてきました。
今回の出張の一番の目的が旅程ギリギリになって達成できました。
ここでは3月よりナイジェリア大使館を通じて提案してきたことが受け入れられ、
現地の州 や企業が出資をする「地域に貢献するための企業」のCEO以下、
9名のエグゼクティブ の方々に 直接プレゼンをさせて頂くことができました。
当初は懐疑的だったようですが、CEO 自ら、Quite interesting! 
と仰って頂けるほど、理解が進んだようです。
一旦、ボールは彼らに預けてきましたが、
また10月頃にここに長期に入り指導をしていく可能性が出てきました。
次回の 訪問が本当に楽しみです。クアラ州は牧歌的で古き良き伝統も残り、
活気があって、 素晴らしい街でした。
ジンバブエの農民たちが白人達に国外追いやられ、
難民になった時に、 真っ先に 手を挙げて彼らを受け入れた州。
とてもこの街に強い縁を感じます。今日は、ナイジェリア出張の最後の仕事の日。
今日も朝からとても大切な会議があります。生きている奇跡に 心から感 謝します。 


【13日目】 
ナイジェリア ラゴス13日目の朝。出立の日です。
昨日は、地元のアグリ企業のCEOと 2度目の再会を果たし、
極めて友好的なアドバイスと有効的なネットワークを提供頂き、
次へのステップをはっきりとクリアにすることができました。道が見えました。
これで、帰国後に 動く道筋 と10月の再訪に向けてリストアップが完了しました。
感謝です。そして、夜は、パートナーが フェウェルディナーを
ヴィクトリアアイランドのレストランで催してくれました。
この12日間、 本当に良くしてもらい、
彼らなしではこの充実した日々を快適に安全に過ごすことができませ んでした。
心から心から感謝します。これからケニアのナイロビに寄り、
バンコクに てしばし 滞在し、日本に帰国します。
また10月に戻ってきます。生きている奇跡に心から感謝 します。 
『未来は明るいに決まっている!』 いつも、本当にありがとうございます。 


カングロ株式会社 KANGLO NIGERIA 藤井利幸
| CEO桐山のお勧めの記事 | 21:16 | comments(0) | - | - |